北海道に暮らしていると、「野生動物に遭遇する」ということが決して珍しくありません。
熊、鹿、キツネ、タヌキ、イタチ……道路沿いの影が動いた瞬間、思わずハンドルを握る手に力が入ることがあります。
とはいえ、私自身は幸いまだ「熊」には遭遇していません。
しかし――その代わりに、一度だけ忘れられない「鹿の群れとの遭遇」がありました。
この体験は、北海道寿都郡に住んでいた頃のことです。
夜の国道で車を走らせていたとき、私は“鹿に囲まれる”という滅多にない体験をしました。
その瞬間の緊張と、無事だったときの安堵感。
そして今になって思う、北海道の夜道に潜む危険性。
今回はその出来事を、当時の記憶とともに振り返ろうと思います。
真っ暗な国道229号線 ―「寿都町樽岸」で起きた出来事
あの日は、確か20時過ぎだったはずです。
場所は、寿都町樽岸の国道229号線。
街灯もほとんどなく、空に星がくっきり見えるほどの暗さでした。
私はいつものように帰宅途中で、交差点の手前に差し掛かったところでした。
スピードを落とし、ブレーキに足をのせていたその時――
突然、視界に複数の大きな影が飛び込んできたのです。
一瞬、何が起きたかわかりませんでした。
ハイビームに照らされたのは、横切る一頭の鹿……ではなく、複数頭の鹿の群れ。
しかも、私の車の周囲を囲むように立ち止まっているではありませんか。
車内でただ息を潜める ― 長い長い「数分間」
幸い、私はスピードを落としていたため衝突せずに停車できました。
しかし、そこからが本当の恐怖でした。
鹿は、ただ黙ってこちらを見ているだけ。
数頭は道路の真ん中に立ち止まり、数頭は車の横からのぞき込むようにしていました。
まるで「おまえ、何しにきたんだ」という視線を感じるほどです。
私はハンドルを握ったまま動けませんでした。
鹿は人間より大きく、ぶつかれば車は確実に大破します。
もし群れの一頭に何かしてしまえば、他の鹿がどう反応するかわからない。
ライトを消すべきか、クラクションを鳴らすべきか――そんな判断すらできず、ただ車の中でじっと静止するしかありませんでした。
その間、後続車も対向車も一台も来ません。
真っ暗な北国の夜道で、私と鹿だけがそこに取り残されたようでした。
時間にすれば数分――でも、体感では10分以上に感じました。
やがて鹿たちはゆっくり山側へと戻って行き、ようやく私は“解放”されました。
胸に手を当てると、心臓が早鐘のように打っていました。
「もしぶつかっていたら」――考えるだけでゾッとする
北海道の鹿は大きい。
体重が100kgを超える個体もいると言われています。
もし衝突していたら、車は前方が大破し、フロントガラスを突き破って鹿が飛び込んでくる可能性すらあります。
さらに恐ろしいのは、群れで行動していること。
一頭にぶつかった衝撃で他の鹿がパニックを起こすと、車に突進してくることも考えられます。
そう思うと、あのときスピードを落としていたのは本当に幸運だったとしか言いようがありません。
北海道の夜道には“鹿”だけではない
北海道道内を走っていると、昼夜問わず小動物を見かけることが多いです。
昼間でもキツネやタヌキ、イタチなどが道路を横切ることは珍しくありません。
室蘭の高速道路IC付近でも、私は鹿を目撃したことがあります。
高速道路ですら出没するのですから、一般道ではなおさら注意が必要です。
さらに言えば、洞爺湖の中島に生息する鹿が、なんと湖を泳いで本土側へ渡るという話も聞きました。
そして近隣の畑を荒らしたり、夜道に出没することもあるそうです。
「まさか湖を泳ぐなんて」――そう思うでしょうが、北海道の鹿の生命力は想像以上です。
熊と比べると…「鹿でよかった」と思う理由
北海道の動物といえば、真っ先に「熊」を思い浮かべる人も多いでしょう。
実際、道内のニュースでは頻繁に“熊の出没情報”が流れます。
しかし、今回のように車での遭遇の場合、鹿のほうが事故率が高いのです。
熊は臆病で人間を避けることが多いですが、鹿は突然飛び出す可能性が高い。
また群れで行動するため、一頭避けても別の一頭が後ろから出てくる危険もあります。
とはいえ、私は小さな子熊(アライグマに近いサイズ)とはぶつかったことがあります。
そのときも衝撃はかなりのものでした。
幸い車は無事でしたが、あれが成体の鹿だったら……想像しただけでゾッとします。
北海道で夜間運転するときの“必須心得”
北海道で暮らす以上、車での移動は避けられません。
だからこそ、夜道の運転には次のような心得が必要です。
① とにかくスピードを出し過ぎない
鹿もキツネも突然飛び出してきます。 急ブレーキが間に合わなければ衝突は避けられません。
② 見通しの悪い場所はハイビームを活用
街灯の少ない地域では、ライトだけが頼りです。
③ 山側の道では特に警戒
鹿や熊は山側から出てきます。側溝付近に光る目が見えることもあります。
④ 動物を見つけてもクラクションは控えめに
大きな音でパニックになる場合があり、かえって危険です。
⑤ 狭い道・カーブでは特に減速
鹿は道路の真ん中で立ち止まることがあります。
これらは単純ですが、命を守る大事なポイントです。
「動物にも注意」――北海道のドライブは自然との共存
北海道の道路は広く、美しい景色が続きます。
運転しているだけで気持ちがいいという人も多いでしょう。
私もその一人です。
しかし、北海道は“野生動物の王国”。
道路は私たち人間だけのものではありません。
特に夜間の国道や道道は、動物にとっても移動ルートになっています。
人間側が慎重に走らなければ、思わぬ事故につながりかねません。
今回のように鹿の群れに囲まれるという経験は、そう何度も起きるものではありません。
しかし一度でも遭遇すれば、「車は鉄の塊」「自然は予測不能」ということを痛感します。
最後に ― 大自然の中で生きるということ
北海道で生活するということは、自然と共に暮らすということ。
美しい景色がある反面、野生動物との距離も近い。
その両方を受け入れてこそ、北海道の暮らしだと私は思っています。
あの日の鹿との遭遇は、今でも忘れられません。
でも、あの体験があったおかげで、私は夜道の運転に慎重になりました。
そして同時に、北海道の大自然の力強さを改めて感じた出来事でもあります。
これからも車での移動が欠かせない生活が続きますが、ひとつだけ心に決めていることがあります。
「人間が自然に合わせて走る」
それこそが、北海道で暮らすための最も大切な心得だと、私は思っています。


コメント