駅のない街で暮らすということ

北海道の暮らし

私が今住んでいる街には、電車の駅がありません。
もっと正確に言えば、「電車」ではなく「汽車」が走っています。北海道では、電化されていない区間が多いので、ディーゼルエンジンで動く「汽車」という呼び方が今も自然に残っています。

このあたりのダイヤを見ても、1時間に1本あれば良いほう。
6時20分発の苫小牧行き、7時16分の東室蘭行き、8時台はお休み、9時34分に特急が通り、11時29分の東室蘭行き、12時39分の特急……といった具合です。観光地なので特急は停まりますが、普通列車は少なく、時刻表を見てから動かないと、あっという間に2時間待ちということもあります。

私がかつて暮らしていた神奈川県藤沢市では、そんな心配は一度もありませんでした。駅に行けば、数分おきに電車が来る。江ノ電、小田急、JRと、目的地に合わせて路線を選べる。買い物も病院も駅前で済み、車など持つ必要がありませんでした。
ところが北海道に戻ってきてまず感じたのは、「一人一台、車がないと暮らせない」という現実です。

バスは一日3本

私の住む地域の公共交通は、バスが中心です。しかしこのバスも、朝・昼・夕の3本だけ。時間を逃すと、次は数時間後。
最初のうちは時刻をメモして出かけていましたが、慣れてくると自然と「今日は車で行こう」となります。まるでバスの時刻に生活を合わせるのではなく、自分の足に自由を取り戻すためにハンドルを握る感覚です。

北海道の広さを改めて実感するのは、こういう瞬間です。
距離が遠いというより、「空間が大きい」。家と家の間、町と町の間がまるで時間で区切られているように感じます。

買い物はセイコーマート、金融機関は郵便局

生活の中心は、やはりセイコーマート。
道内どこへ行っても見かけるオレンジ色の看板は、まさに暮らしの味方です。温かい惣菜や牛乳、地元野菜までそろっていて、ちょっとしたスーパーのような安心感があります。

金融機関といえば郵便局。これも昔から変わりません。
都市部のように銀行がいくつも並ぶわけではありませんが、郵便局があるだけで暮らしの土台がしっかりする。
振り込み、年金、貯金、どれもここで完結します。

伊達市や室蘭市へ足をのばす

家電や本、自転車などの専門的な買い物となると、やはり隣町まで足をのばさなければなりません。
近いのは伊達市、少し遠くは室蘭市。どちらも車で30分から40分ほどの距離です。

昔であれば「不便だな」と思ったかもしれませんが、今はむしろ「週末の小さな旅」のように感じます。
途中に見える田園風景、羊蹄山の姿、湖面に映る雲――それらを眺めながら走っていると、「遠い」という感覚が次第に薄れていきます。

洞爺湖町というひとつの町

2006年、私の住む地域は隣の虻田町と合併して「洞爺湖町」になりました。
それ以来、役場も広域化し、地域の連携が進んでいます。
ごみ処理も伊達市、室蘭市、豊浦町、壮瞥町、そして洞爺湖町の5市町で構成する「西いぶり広域連合」で共同運営されています。

仕組みとしては便利になった反面、生活圏が広がった分、足がない人には逆に不便になった面もあります。
車を持てない高齢者や学生にとって、役場や病院が「近くて遠い」存在になってしまったのです。

便利と不便のはざまで

過疎化という言葉は、どこか他人事のように聞こえるかもしれません。
でも、住んでみると「人が減る」というより、「人が集まる場所が遠くなる」という感覚に近い気がします。

たとえば、集落の中心にあった商店が閉まり、学校が統合される。
それによって日常の動線が変わり、車がないと動けない生活になる。
便利さを追い求めた結果、徒歩圏の暮らしが失われていく――そんな皮肉を感じることもあります。

けれども、空の広さ、星の数、季節の移ろいの早さ、そうした自然のリズムに囲まれると、「不便もまた贅沢なのかもしれない」と思う瞬間があります。

これからのこと

今はまだ車の運転ができるからいいけれど、いつかハンドルを握れなくなる日が来たら、暮らし方を考え直さなければならないでしょう。
それでも、この街に残る選択をしたい気持ちは強くあります。

駅がなくても、汽車の音が遠くに聞こえる。
バスが1日3本でも、湖の風が毎日違う顔を見せてくれる。
買い物はセイコーマートで十分、郵便局の窓口で世間話をする。

そうした時間の流れの中で、「暮らす」という言葉の意味が少しずつ変わっていくのを感じています。

都市の便利さを知っているからこそ、この静けさが身に染みる。
便利と不便のちょうど間――そのゆらぎの中で、生きるペースを取り戻す。

それが、駅のない街で暮らすということなのかもしれません。

老々介護という日常の中で

今年、母は九十歳になります。
もう立派な大往生の年齢ですが、まだこの家で、なんとか自分のペースで暮らしています。

母の入浴は、週に一度、ヘルパーさんが来て介助してくれます。
もう腰もすっかり曲がり、足取りも覚束ない。
それでも湯船につかると、ほっとした顔になるのがわかります。
ヘルパーさんが帰ったあと、湯上がりの母は少しだけ表情が若返って見えるのです。

掃除や洗濯などの家事は、妹二人が交代で週に一度ずつ来てくれます。
おかげで家の中はなんとか保たれています。
私はというと――正直、あまり役に立っていません。
ただ同じ屋根の下にいる“同居人”のような存在でしょうか。

四十年近くも別々に暮らしてきた母と、こうしてまた一緒に暮らすようになるとは思ってもみませんでした。
長年の空白を埋めるような会話はあまりありません。
けれども、台所の湯気の向こうで母が動いている姿を眺めると、「ああ、家族なんだな」と思う瞬間があります。

静かな同居生活

母は小柄で、すっかり腰が曲がっています。
歩くときは、杖よりも壁伝いのほうが安心らしく、部屋の隅から隅へゆっくりと動きます。
その姿を見ると、若い頃の母の姿がまるで別人のように感じられます。

それでも、文句ひとつ言わず、できることは自分でやろうとする。
その頑固さが母らしいといえば母らしい。
こちらも歳をとったせいか、イライラすることもほとんどなくなりました。
これが“老々介護”というやつでしょうか。
昔なら「なんでこんなにゆっくりなんだ」と思ったことでしょうが、今はただ静かに見守るだけです。

元・警備員の“見守り”

思えば、藤沢市で機械警備員をしていた頃、私は「サービス付き高齢者向け住宅」の駆け付け警備も担当していました。
緊急通報が入ると、真夜中でも現場へ走る。
鍵を開けて部屋に入ると、転倒して動けなくなっているお年寄りがいたり、救急車を呼んだり。
そういう仕事を何年もしてきたからか、今の自分の生活をどこか他人事のように見てしまうことがあります。

まるで今の私は、母の“専属警備員”。
サイレンこそ鳴らないけれど、何かあればすぐ駆けつける――そんな役割を担っているのかもしれません。
ただ、実際のところあまり出番はありません。
母が動けない分、私も持病のパーキンソン病を抱えていて、思うように身体が動かない。
お互いに「無理のない範囲で助け合う」、そんな関係です。

「生きる」ということの意味

母を見ていると、「人は生きることに慣れていくんだな」と思います。
歳を重ねるごとに、あきらめることが増えていくようで、でもそのあきらめ方がどこか優しい。
食事の味が薄くなっても文句を言わず、外に出られなくても天気の話をする。
不自由を受け入れる強さこそ、長生きの秘訣なのかもしれません。

一方で、私はといえば、パーキンソン病のせいで仕事もできず、家にいる時間が増えました。
かつては忙しく動き回っていた警備員生活が嘘のようです。
それでも、こうして母と同じ時間を過ごしていることに、少しだけ意味があるように感じています。
もし私がいなければ、母は一人きり。
そう思えば、同居しているだけでも、何かの役には立っているのかもしれません。

先に逝くわけにはいかない

最近、つくづく思うのは「親より先に死ねない」ということ。
それは親孝行とか義務ではなく、単純に“見送るべき人がいる”ということなんだと思います。
若くして自ら命を絶った友人の家族を見た時、その悲しみの深さを知りました。
残された人がどれほどの空白を背負うか、言葉では言い表せません。

だからこそ、どんなに身体がつらくても、私は生きなければならない。
母を見送り、そして自分の役目を果たすまでは。

少しの笑いと、少しの希望

人生、思いどおりにはいきません。
中国人の元妻と別れた時も、いろんなことを考えました。
けれども、あの関係を終わらせたおかげで、今こうして静かな日常を取り戻せたとも思っています。
あの頃は幸せの形を外に求めていましたが、今は家の中にある。
それもまた、悪くないものです。

母がテレビの前でうたた寝している横で、私は湯を沸かす。
外では風が強く、窓が少し鳴る。
そんな何でもない光景に、なぜか安心感を覚えます。
きっと、こういう時間こそが“幸せ”というものなのかもしれません。

終わりに

母が九十歳、私が六十を過ぎ、共に老いていく日々。
かつては親子だった関係が、今は“同居人”のようで、“相棒”のようでもあります。
介護という言葉の中には、悲しみも、笑いも、そして諦めも含まれています。
けれどもその全部をひっくるめて、「これが今の自分の人生だ」と思えるようになりました。

どんなに小さなことでも、母の役に立てたらそれでいい。
そう思いながら、今日も湯気の立つ台所で茶碗を洗い、明日の天気を気にしています。

老々介護の暮らしの中にも、静かな幸せはちゃんとある。
そんなことを、母と過ごすこの時間が教えてくれているのです。

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